2021.06.04|障害年金

欠格条項って?

この記事を見て初めて知りました。「欠格条項」

欠格条項 身体や精神に障害がある人を資格や免許、許認可から一律に排除する法令の条項。人権侵害との批判が相次いだことを受け、国家公務員法など187の法律に規定されていた欠格条項を一括して削除する法律が2019年に成立した。しかし、今も多くの法令に欠格条項が残っており、政府の取り組みの不十分さを指摘する声も多い。

https://www.chunichi.co.jp/article/264712  ~中日新聞ウェブ版より~

「えーっ、御大、それは相当のチャレンジですぞ」。その驚きは、「わけあり記者」こと私、三浦耕喜(51)に限らず、その場に居合わせた全員の思いだったのではないか。

普通自動車免許の更新手続きのため某所を訪れた時のこと。窓口のある二階の廊下で待っていると、両手につえを握る高齢の男性が、息子と思われる人に支えられながら、階段を一段一段ゆっくりと上ってきた。
手すりも満足にない古い建物。よくぞここまで来なさった。「免許がないと困る」という必死さが伝わってくる。男性の右手のつえがぷるぷる震えるのを見て、私が席を譲ろうとする矢先、駆け寄ってきた職員が「更新のご相談ですね。こちらへ」と、手慣れた様子で別室に案内していった。

「自らの意思で移動ができる」ことは、動物を植物、その他の生命体と分ける大きな分岐点だ。その霊長たる人間は道具や機械も駆使。自動車などを発明して日々の活動範囲を数倍、数十倍に広げ、最も遠くでいえば、月の裏側にまで行けるようになった。

だが私は、この歴史を賛美するわけにいかない。多数の人たちに便利になったとしても、高齢や障害など、事情のある人にとっては不便この上ない「改悪」であることもあり得る。
私の郷里の町にはかつて、歩ける範囲内に三つのスーパーや食料品店があった。だが、全部つぶれた。多くの人が車で近郊の大型店へ行くようになったからだ。「買い物に行く所が、どんどん遠くなるわ」と、当時の母がぼやいていたことを思い出す。

私は以前、両親らを介護した経験を本紙のコラム「生活部記者の両親ダブル介護」でつづった。その中の一節に、思わぬ反響を頂いたことがある。
それは、「老いとは、好きな時に好きなところへ移動できなくなることでもある」というくだりだった。転院のため、リクライニング型車椅子に横になったまま、介護タクシーの後部スロープから押し上げられていく母。その様子を見た当時の私の思いを記した部分だ。

だが、今読み返してみると、修正が必要だと感じてならない。なぜなら、そこまで「老い」を追い込んだのは、「こういう町の方が便利だから」と、暮らしの環境を変えていった「健常者」側の責任が小さくないと思うからだ。
町づくりだけではない。障害者は法律上の「欠格条項」によって、仕事からも排除された。「障害がある人間は事故や間違いを起こしやすい(だろう)」という偏見を根拠に。

欠格条項…。何と冷たい言葉だろう。「あなたには、その仕事に従事する資格がない。だから、世間に出てこないでくれ」と言っているのだから。
障害者は障害そのものと闘うだけでも相当のハンディだ。欠格条項は、苦労をしている人に、さらに石を投げつけるようなものだ。二重、三重に不幸を増す。もちろんできないことはあるが、よくよく吟味して注意すべき点を明らかにすれば、得難い戦力にもなり得るだろう。

車を安全に運転できるかどうかも、障害や病気に関係なく、その人の適性にかかっている。免許更新が完了し、駐車場へと向かうと、小型車がゆっくりと駐車中の車の間を走っていた。運転手は…おお、冒頭の男性ではないか。それを見守る職員。あの方は無事に免許を更新できたのかしら。

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