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障害のある子どもが学ぶ特別支援学校の施設が満たすべき要件を定める設置基準が9月に公表された。背景には、在籍する子どもの増加による慢性的な教室不足がある。基準の策定を早期の教育環境改善につなげるとともに、共生社会の担い手を育てるこれからの教育システムを考える機会にしたい。
特別支援学校は今年5月時点で全国に1160校ある。視覚障害、聴覚障害、知的障害、肢体不自由、病弱の5種類の障害に対応した教育を手がけている。
校舎や運動場の必要面積などを示す設置基準は小中学校や高校にはあるものの、特別支援学校にはなかった。文部科学省の担当者は、その理由を「障害種などに応じて多様な施設の実態があり、都道府県などの設置者の判断を尊重してきた」と説明する。
9月に公表された設置基準は1学級の子どもの数の上限を幼稚部は5人、小学部と中学部は6人、高等部は8人と規定。在籍者数や障害種ごとに校舎、運動場の最低面積を示した。幼稚部以外は体育館が必要だが、近くの学校の体育館を使える場合などは無くても可とするなど弾力的な内容。一部を除き来年4月から施行される。
文科省が基準策定に動いた背景にあるのは、教室不足の深刻化だ。近年、特別支援学校(2006年度までは盲・ろう・養護学校)で学ぶ子どもが増加。校舎増築などの対応が追いつかず「1つの教室をカーテンで区切って複数学級で使う」「音楽室などを教室に転用する」といった急場しのぎが各地で問題化した。
全国の公立特別支援学校の不足教室数は19年5月時点で3162教室。同省は20~24年度を不足解消の集中取り組み期間とし、補助金の補助率を引き上げるなどして都道府県などに対応を促す。全国特別支援学校長会の市川裕二会長(東京都立あきる野学園校長)は「基準策定は問題解決への一歩。整備を迅速に進めてほしい」と求める。
仮に、同様の教室不足が小中学校で起きていたとしたらどうだろう。多くの人が、子どもたちの学ぶ権利が脅かされていると感じるはずだ。教育環境の改善を着実に進める必要がある。
少し視野を広げると、特別支援学校以外の場で、特別支援教育を受ける子どもも増加が続いている。小中学校に置かれる「特別支援学級」や、通常の学級に在籍しながら週1~8時間、別の場で障害に応じた指導を受ける「通級」をする子どもたちだ。
小中学校段階に限ると、特別支援教育を受ける児童生徒は19年度で全体の5.0%を占める。障害の種類別では知的障害や自閉症、発達障害などの増加が目立つ。
背景には、障害のある子どもの教育を取り巻く環境の変化がある。起点は07年。この年、日本はそれまでの「特殊教育」を特別支援教育に転換。特別支援教育は支援が必要な子どもがいる全ての学校で行うものだとし、知的な遅れのない発達障害にも対象を広げた。
小学校入学年齢に達した子どもの就学先の決め方も改められた。一定の障害のある子は原則、特別支援学校に入る仕組みから、本人や保護者の意見も踏まえて総合的に判断する方式に変わった。
障害への理解も進んだ。名古屋外国語大の竹内慶至准教授(医療社会学)は「保護者がより適切な支援を受けることに価値を見いだし、特別支援学校などを積極的に選び取る例もみられるようになった」と指摘する。
国も施策を拡充。18年度から高校にも通級指導が導入された。自治体レベルでは離れた場所にある特別支援学校の子どもが地元の小中学校に「副次的な籍」を置き、交流する取り組みも広がっている。より多くの子どもが困難の克服に必要な支援を受けられるようになったことは、好ましい変化だろう。
課題も横たわる。特別支援教育に詳しい山中ともえ・東京都調布市立飛田給小学校長は「学校は多様になった支援のメニューや学習端末などを効果的に使う力が問われる。小中学校と特別支援学校との間の交流も、もっと増やしたい」と話す。
通級指導が始まった高校では「出口」に当たる就労支援、進路支援の充実が必要だ。国・自治体の財政事情が厳しくなる中、財源の確保にも一層の努力が要る。
日本は07年に障害者権利条約に署名し、同条約に基づく「インクルーシブ教育システム」の実現を目指している。より長期的には「インクルーシブ」が意味する「包摂」とは何かの問い直しも必要ではないだろうか。
筑波大の岡典子教授(障害原理論)は「インクルーシブ教育は1990年代初頭に欧米で生まれた理念であり、その本質は学校改革を通じた社会改革にある」と指摘。人種や宗教・民族、文化的背景などの違いを越えて、誰もが平等に参加できる社会の実現こそが最終目標なのだという。
自国の教育制度の特性や文化を踏まえたインクルーシブ教育の模索は先進各国に共通の課題となっている。日本もまた、共生社会の実現という最終的なゴールに向けた教育のあり方について、国民的な議論を深めていく必要があるだろう。
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